大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成9年(ネ)655号 判決 1998年9月04日

兵庫県尼崎市猪名寺二丁目二一番三二号

控訴人(一審原告)

株式会社豊和

右代表者代表取締役

安藤和明

右訴訟代理人弁護士

内田修

内田敏彦

新原一世

田口公丈

浜口卯一

東京都港区芝大門一丁目三番二号

被控訴人(一審被告)

オイレス工業株式会社

右代表者代表取締役

岸園司

名古屋市緑区鳴海町字上汐田六八番地

被控訴人(一審被告)

中央発條株式会社

右代表者代表取締役

丸島博

右両名訴訟代理人弁護士

秋吉稔弘

右秋吉稔弘補佐人

瀧野秀雄

右被控訴人オイレス工業株式会社訴訟代理人弁護士

柳田幸男

秋山洋

大胡誠

岩城肇

右被控訴人中央発條株式会社訴訟代理人弁護士

岡田正哉

右訴訟復代理人弁護士

石上日出男

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人中央発條株式会社(以下「被控訴人中央発條」という。)は、原判決別紙第一記載の物件を製造し、販売し、展示してはならない。

3  被控訴人中央発條は、その所有に係る原判決別紙第一記載の物件を廃棄せよ。

4  被控訴人中央発條は、控訴人に対し、五三四六万円及びこれに対する平成六年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人オイレス工業株式会社(以下「被控訴人オイレス工業」という。)は、原判決別紙第一記載の物件を販売し、展示してはならない。

6  被控訴人オイレス工業は、その所有に係る原判決別紙第一記載の物件を廃棄せよ。

7  被控訴人オイレス工業は、控訴人に対し、六八〇四万円及びこれに対する平成六年五月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

8  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

9  仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  以下に付加、訂正するほか、原判決の「事実」欄「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決別紙第一の二丁目表九行目の「ワンウェイクラッチC」の次に「が、右深窪部3eに連なる窪面部3から外側の外表面1fまでの空間には」を挿入する。

二  当審における主たる争点

1  イ号物件の構成区分(1)は本件考案の構成要件(一)を充足するか

控訴人は次のとおり主張する。

(一) 乙三の見開き頁(その右側の頁)に掲載されているイ号物件の写真(二枚)においても外装カバーの右側面と外表面との境界(折曲部)に存在する外郭線が二重に見えており、また、イ号物件の現物(検甲三)においても、外装カバーの折曲部を観察すれば右の写真と同様の二重の外郭線が明瞭に見てとれる。

(二) 折曲部分を直線で構成するか、円弧で構成するかは、「外郭線が二重に視認できて風格が増す」という本件考案の周縁が奏する効果に何ら影響をもたらさないし、本件考案明細書には、本件考案の実施に際しては、二重線として視認できる二本の外郭線の相互間隔(周縁の横幅)を広くすることも、より狭くすることも任意であることが記載されているから、イ号物件の周縁は、本件考案の構成要件(一)を充足する。

2  イ号物件の構成区分(3)は本件考案の構成要件(三)を充足するか

控訴人は次のとおり主張する。

(一) イ号物件の押釦Pは、本件考案の登録請求の範囲に記載されている「押釦」に正に文言どおり該当する部材である。本件考案は、押釦に関しては単に「操作函の押釦」と規定しているだけであって、その開窓メカニズムを直接制御に限定しているわけではないから、この押釦を押すことによって、これに連動する第二の押釦が押し下げられて開窓がスタートするようにするいわゆる間接制御を排除するものではない。イ号物件の押釦Pに連結する長尺レバー17及びこれと連動する第二押釦Qは、押釦Pが本件考案の押釦と同様の開窓機能を果たすための伝動機構にすぎないというべきである。本件考案の押釦も、当該押釦に連動して作動する伝動機構が存在するからこそ操作函本体装置内に巻き取られているロープを繰り出す開窓動作を開始させることができるのであって、決して押釦単体で開窓動作を開始させることはできないのであるから、伝動機構の存在すること自体は、本来、イ号物件の押釦Pと本件考案の押釦との相違として取りあげるべき事項ではない。伝動機構の構成は本件考案の必須構成要件になっていないから、伝動機構が直接制御になっているか、間接制御になっているかによって本件考案の技術的範囲の属否が決定されることもあり得ない。

また、開窓用押釦が窪面内にあり、把柄の先端側上面に貼着した「押」マーク箇所を押圧すれば該把柄が下方に傾動して開窓用押釦を没入させて即時開窓するという技術事項は、開窓用押釦が窪面内にある(より正確には、窪面の一側孔に出没自在に突出する)こと以外は、本件考案の必須構成要件に基づくものではなく、本件考案の図示実施例が採用している単なる一実施態様の作用にすぎない。

そもそもイ号物件が押釦Pの他に第二押釦Qという二個目の押釦を設け両者を長尺レバー17を介して連結している点は、本件考案の押釦についての迂回技術に他ならない。

(二) イ号物件における把柄取り出しの容易性は、板バネ24、把柄10の先端に形成された係止片10c、摺動枠体4の係止爪4aといった部材の協働によってはじめて実現し得るものであって、押釦Pだけでは到底実施し得ないものであるから、このように複雑なメカニズムの目的作用である把柄取り出しの容易性を単一部材である押釦Pのみの目的作用であると認定することは誤りである。

(三) そもそも、イ号物件は「窪面3の一側孔3cに操作函Bの押釦Pが出没自在に突出している」構成を有していることに相違はないのであるから、この事実と本件考案の構成要件(三)とを対比すれば前者が後者を充足することは明らかである。

3  イ号物件のグリップに関する均等論の適用について

控訴人は、次のとおり主張する。

(一) 考案の請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、(1) 右部分が考案の本質的部分ではなく、(2) 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、考案の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3) 右のように置き換えることに、当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4) 対象製品等が、出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5) 対象製品等が考案の出願手続において請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、考案の技術的範囲に属するものと解される(最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決参照)。

(二) 原判決は、均等論の適用を否定する理由として次の二点、すなわち、<1>

イ号物件のグリップは内方に折曲するものではなく、把柄を外装カバーの表面と略々同一に収納するために、窪面にグリップ部収納孔を設けるとともに、開窓用押釦を間接制御にすることにより右押釦など操作函本体装置の位置を略中央から把柄後端側に寄せて操作函内にグリップを収納する空間を設けていること、<2> 折曲しないグリップは、グリップを開放、倒回することなくロープの巻取りができる上、グリップ部分の掴持を確実にしてハンドル操作の確実を期待するという本件考案とは別の作用効果もあることを掲げる。

しかし、まず、そもそも本件考案が把柄を外装カバーの表面と略々同一に収納するために採用した中核的構造は、内方に折曲するグリップなどという簡単な手段ではなく、本件考案の構成要件(五)の(2)の技術事項、すなわち、把柄の後端では複数の蝶着部を有した掛合片を連接して二段階に屈曲できるようにしている点であり、この点にこそ本件考案の実用新案登録に値する進歩性が認められているものである。したがって、イ号物件が本件考案と異なる右の点は、本件考案の本質的部分ではなく、前記(1)の要件を満たすものである。

次に、右<1>の点(グリップ収納空間の作出)についてみると、イ号物件が操作函内に把柄先端部のグリップを収納できる空間を作り出せた要因は、把柄の長さ寸法を大きくして、把柄を外装カバーの表面と平行な状態にしようとした場合にも把柄の先端に設けた比較的長いグリップが第二押釦Qなどの操作函内本体装置に当たることがないようにした点にあるのであって、決して原判決が右<1>として認定したような「右押釦など操作函本体装置の位置を略中央から把柄後端側に寄せた」点にあるのではない。また、右<2>の点(把持及び操作の確実性)は、本件考案のグリップが内方に自在折曲するのに対し、イ号物件のグリップは内方に自在折曲しない通常のありふれたグリップであることに基づく、当然の作用効果にすぎない。均等論適用の要件として一般にいわれる作用効果の同一性とは、構造は相違するが同一の考案目的を達成しているという効果の面に着目した要件なのであって、構造が相違する以上は、そのことのゆえに本来の考案目的以外の別の目的をも達成し得ることは当然のことである。したがって、この考案目的以外の別の目的を達成し得るという効果は、それが顕著である等の格別の技術的意義が認められる場合にのみ均等論の適用が否定されるのであり、右の如き効果が顕著でなく、格別の技術的意義が認められないような場合は均等論の適用要件である「作用効果の同一性」の充足を妨げないと解すべきものである。内方に自在折曲する本件考案のグリップの本来の作用効果は、把柄を外装カバーの表面と平行にしようとした際に、把柄の先端に設けたグリップが操作函内部にある巻き取り装置などの本体装置に当接して把柄を外装カバーと平行になし得ないような事態を生じないようにできるということであり、このような技術的内容の作用効果はイ号物件の内方に折曲しないグリップもまたこれを奏するものである。したがって、イ号物件の内方に折曲しないグリップは本件考案のグリップと一部構成は異なるものの右の意味内容を有する本来の作用効果を奏する点においては同一と評価し得るものである。この場合において、内方に折曲しない普通のグリップであるからグリップを折曲状態から起立(開放)させる手間や、起立状態から倒回させる手間を要することなくロープの巻き取りができることや、折曲機構が存在しないからグリップ部分の掴持を確実にしてハンドル操作の確実を期し得る(実際にはこれを認めるような経験則は存在しないが)といった程度のことは、極めてありふれたものであって、予測できない顕著な効果でもなければ格別の技術的意義が認められることでもない。さらに、イ号物件において、内方に折曲しない、したがって内方折曲により短寸化し得ないグリップが操作函の内部にある押釦など操作函本体装置の突起部に当接しないようにするために採用した手段は、把柄の長さ寸法を操作函本体の長さ寸法より長くしたことと、外装カバーの窪面を操作函本体装置を覆う広さより大きく拡大して、この拡大した窪面部分(したがって当然のことながら直下に操作函本体装置は存在しない)にグリップ部収納口を設けたことだけである。それゆえ、このような置換は当業者であれば誰にでも容易に可能であって、均等論の適用要件である(2)作用効果の同一性、(3)置換容易性を充足することは明らかである。

その他の(4)の要件(被控訴人中央発條の出願に係るイ号物件を対象とする考案が、本件考案の出願日より後に出願されたにもかかわらず、実用新案登録を得ている事実からも明らか)及び(5)の要件を満たすことは明らかであり、イ号物件のグリップ及びグリップ収納孔は、本件考案の内方に自在折曲するグリップと均等というべきである。

第三  証拠

証拠関係は、本件原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人らの行為が本件実用新案を侵害するということはできないものと判断する。当審における控訴人の主張、立証によっても、右の判断は左右されない。その理由は、以下のとおりである。

二  本件考案の構成要件、イ号物件の構成区分及び目的作用効果に関する基本的な事実認定は、以下に付加訂正するほか、原判決四五頁二行目から五六頁末行までに説示するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五一頁三行目の「重複」を「一致」と改める。

2  同頁五行目の「検証〔」から六行目の「二個〕」までを「検甲三、検乙一、二」と改める。

3  同頁七行目の「のとおりであり」の次に「(なお、控訴人は、イ号物件の孔3cにつき、大窪面部3aからの延長線をもって一つの空間部分を上下に区分し、上の部分(外装カバーとの間の空間部分)を小窪面部3bと名付けているが、実体の伴わない空間に対する観念的な区分であり、技術的な意味もなく、かつ、そのこと自体が本件争点を判断するに当たって差異をもたらすものでもない。原判決は、大窪面部3aとは区画された孔であり、押釦、摺動枠体及び連結軸の一部を収納する部分全体を3cと称している。)」を加える。

4  同五二頁二行目の「R状」の次に「(弧状)」を加える。

5  同頁九行目の「巻取本体5と」の次に「ワンウェイクラッチCがあり、右孔(深窪部)3eに連なる窪面3から外側の外表面1fまでの空間(原判決は当該部分をも含めて孔(深窪部)3eと表示している。)には、巻取本体5と」を加える。

6  同五三頁一〇行目の「保管紛失の不備を除外し」を「把柄保管の煩わしさやその紛失を防止し」と改める。

7  同五四頁九行目の「外装」から同五五頁三行目の「できない。)。」までを「外装カバーの周縁2のR状に成形されている部分(乙一三によれば、右部分は、板材から外形と内側穴を打ち抜く工程を経て、四辺をブレーキプレス機で折り曲げる工程によって成形されるものであり、右部分がR状に成形されることは、金属加工上の必然ともいえる。)は、通常、人体や衣類等との接触時の安全という効果を奏し、右部分の幅等に照らしても、正にこのような安全性を目的とする慣用手段として丸みが付けられているものと認められ、光の当たり具合等により二重の外郭線を視認し得る可能性を否定するものではないが、乙三、検乙一(イ号物件完成品)、検乙二(同分解品)によっても、通常人が特段の注意を払わずにこれを見た場合に、一般的に外郭線が二重に見えて風格が増すといった効果は認め難く、そのような効果を意図した構成を見出すことはできない(ただし、本件登録請求の範囲には、外装カバーの周縁が二重の外郭線を視認することができることが要件として記載されているものではなく、このこと自体は本件考案の構成要件でないことはいうまでもない。)。」と改める。

8  同五五頁四行目の「ある第二押釦Q」を「あり、大窪面部3aには突出しない第二押釦Q」と改め、同頁八行目の「容易にする」の次に〔ために係止機構を解除する」を加える。

9  同五六頁三行目の「グリップ11は、」の次から同頁四行目の「なっている。」までを「折曲箇所のない構造となっており、グリップを開放、倒回することなくロープの巻取りができる上、グリップの回動操作時にグリップの折曲が発生する可能性がないためグリップ部分の掴持を確実にしてロープの巻取りを確実にすることができるものとなっている。」と改める。

10  同五六頁六行目の「開窓用押釦」から同頁八行目の「せて、」までを「把柄及びグリップの収納時に第二押釦Qなど操作函内本体装置の突起部に当接しないように、操作函内本体装置の長さよりも長い把柄及び操作函を採用し、操作函内本体装置との位置関係において収納時にグリップのある方向に余裕ができるように窪面及び操作函を配置し、」と改める。

11  同五六頁末行の「ある」の次に「(なお、イ号物件の蝶軸構造では、蝶軸9の長孔9bに掛合片14のピン挿通孔14dにピン22が挿通されており、この構成などにより掛合片14の位置が移動できるようになっている。)」を加える。

三  当審における主たる争点について

1  争点2について

(一) イ号物件の構成区分(3)と本件考案の構成要件(三)についてみるのに、本件考案の構成要件(三)は、「窪面の一側孔に操作函の押釦が出没自在に突出していること」である。

ところで、本件考案の構成要件(六)では、「把柄が該窪面に収納時外装カバーの表面と略々同じ位置に制止する様に構成した」とされており、右構成要件(三)にいう「窪面」とは把柄収納用の窪面と同一の窪面を指すものである。

また、甲二(実用新案公報)によれば、考案の目的としては、「グリップと把柄もワンタッチの折畳み構造でカバーの窪面(凹部)に他易く(「たやすく」の意と解する。)収納させ、把柄がカバー上面より些かも突出しないから美感問題は解消しインテリア効果は向上すると共に、付加機能として前記把柄を起曲せず開窓用押釦が一触押圧できるような改良構成により、」(2欄二三行目から3欄三行目まで)との記載がある。作用としても、「開窓を試みる場合は把柄の先端側上面に貼着した「押」マーク箇所を押圧すれば、該把柄は蝶軸を支点として下方に傾動し操作函の開窓用押釦(内部構造は図示せず)を没入させて即時開窓がスタートする」(3欄三六行目から四〇行目まで)との記載がされており、考案の効果についても、「付加機能として把柄先端に指示マークを貼着し、開窓の都度把柄を起曲せずに押釦が操作できるようにした構成によって、より安全かつ省力的なサービス機能を備え、免角(「とかく」の意と解する。)操作函側に進入し易い塵埃の阻止にも役立つなどの諸効果がある。」(4欄四三行目から5欄四行目まで)との記載が見られる。さらに、実施例の説明によれば、同図面の把柄10の上部を押圧すると右把柄は蝶軸9を支点として下方に傾動し操作函Bの本体装置の操作が始動することが示されている。

これらによれば、本件考案の構成要件(三)にいう「操作函の押釦」とは、開窓のために操作函内本体装置である巻取軸のラチェットとの係合を解除することを目的として操作函に設けられた開窓用押釦であり、同構成要件(三)にいう「この窪面の一側孔」は把柄収納用窪面と同一窪面に開口する孔であって、右押釦が右の孔に出没自在に突出していることが要件とされているものと解される。そのため、本件考案においては、開窓するために、まず把柄を収納状態から起曲させ、窪面の一側孔に出没自在に突出している操作函の押釦を指等で押圧し、操作函内本体装置の操作を始動させることも考えられるが、さらに、把柄を起曲するまでもなく、把柄を押圧し、下方に傾動した把柄により直接開窓用押釦を押圧する構造も可能となることが考えられているものと認められる。

これに対し、イ号物件においては、操作函の開窓用押釦である押釦Qは、把柄収納用の大窪面部3a下方の操作函の中に覆設されており、右窪面の一側孔から右押釦Qが突出しているものではない。したがって、把柄を起曲させて窪面から指等で操作函の押釦Qを直接押圧することもできないし、把柄10を押圧してこれを傾動することによって直接押釦Qを押圧することも不可能である。

そうすると、この点において、イ号物件は、本件考案の構成要件(三)の要件を欠くものといわなければならない。

(二)(1) この点につき、控訴人は、「イ号物件の押釦Pは、本件考案の登録請求の範囲に記載されている『押釦』に正に文言どおり該当する部材であり、これに連結する長尺レバー17及びこれと連動する第二押釦Qは、押釦Pが本件考案の押釦と同様の開窓機能を果たすための伝動機構にすぎないというべきである。本件考案の押釦も、当該押釦に連動して作動する伝動機構が存在するからこそ操作函本体装置内に巻き取られているロープを繰り出す開窓動作を開始させることができるのであって、決して押釦単体で開窓動作を開始させることはできないのであるから、伝動機構の存在すること自体は、本来、イ号物件の押釦Pと本件考案の押釦との相違として取りあげるべき事項ではない。」と主張する。

しかし、イ号物件の操作函Bの押釦Qは右押釦Pとは全く別個の部材であり、かつ、右押釦Pが押釦Qと長尺レバーを介して連結し、一体となっているものでないことは、その構造自体から明らかである。イ号物件においては、右押釦Pを押圧すると、長尺レバー17を介して、長尺レバー17の中央付近の下方突起部に設置されたビス20が操作函Bの押釦Qを押し下げ、操作函Bの本体装置の操作が始動するという間接制御の構造となっているものであるが、押釦Qは操作函内本体装置の操作を直接始動させる操作函Bの構成要素であるのに対し、押釦Pは長尺レバー17を傾斜させ右長尺レバーの下方突起部に設置されたビス20をもって押釦Qを押圧するという作用を奏するものであって、その作用の直接目的を異にするものということができ、右押釦Qから分離している別部材の押釦Pを、本件考案の登録請求の範囲に記載されている操作函の押釦そのものに該当するものと観念することはできない。

したがって、本件構成要件(三)の操作函の押釦に対応するイ号物件の部材は押釦Pであるとする控訴人の主張は、採用することができない。

(2) 控訴人は、イ号物件が押釦Pの他に第二押釦Qという二個目の押釦を設け両者を長尺レバーを介して連結している点は、本件考案の押釦についての迂回技術にほかならないとも主張する。

迂回の方法(迂回技術)の意味内容は、必ずしも明確でなく、議論の余地のあるものであるが、一般的には、登録考案と基本的にその技術的思想を同じくし、同一の作用効果を奏するものでありながら、考案を侵害する結果となることを回避するため、その技術的範囲から逸脱しようとして、考案の構成の中間に別個の無用ないし不利な構成(部材、物質、工程)を介在させているものをいい、権利抵触を避けるため、特段の技術的な意味のない不必要な付加ないし変更を加え、いたずらに迂回の途を採るだけの考案であるとされている。均等論の一場面として、あるいは、均等論類似の公平の観点からの要請として、このような迂回の方法(迂回技術)を権利侵害と認めるべきであるという理論を許容し得るとしても、その要件としては、少なくとも、客観的にみて、考案の登録請求の範囲から逃れるために敢えてそのような手段を採ったものと推認されてもやむを得ないものであることが必要であり、そのため、<1> 当該迂回の方法がその出現の時点で当業者において侵害対象の考案から極めて容易に想到することができること、<2> 当該迂回の方法が、侵害対象の考案の構成要件に無用又は不利な構成を付加し、全体としての実用価値ないし技術的価値を低下させることが当業者にとって自明であることを要するものと解される。

イ号物件は、前記のとおり、押釦Pを押すと、長尺レバー17を介してその下方突起部に設置されたビス20が操作函Bの押釦Qを押し下げ、操作函Bの本体装置の操作が始動し、開窓するという構造となっているものであるが、同時に、イ号物件の押釦Pには、これを押すことにより収納状態にある把柄を飛び出させて取り出しやすくするために把柄の係止片を外すという目的作用もあることは前記認定のとおりである(なお、本件考案の出願公告記載の実施例の説明によれば、一旦制止用係止発条16がグリップ及び把柄10を係止するものであることがうかがわれる(甲二4欄三〇行から三二行まで)が、この係止を解除する手段については何らの説明もなく、また、控訴人代表者は、控訴人製品において把柄の「押」マーク箇所を押圧した際に把柄がカバー表面から浮き上って取り出せるようになる旨供述するが、かかる効果につき本件明細書には何ら記載がなく、右効果を本件考案の技術的範囲の判断に供することはできない。)。

そうすると、イ号物件において、押釦Pは、単に長尺レバー17を介して操作函Bの押釦Qを押し下げる作用のみならず、把柄の取出しにも作用する複合的な目的作用を有するもので、その構成は、本件考案の構成要件に無用又は不利なものを付加したにすぎないものということはできず、本件考案に比して全体としての実用価値ないし技術的価値を低下させることが当業者にとって自明であるとは認めるに足りず、本件登録請求の範囲から逃れるために被控訴人らにおいて敢えて右構成を採ったものと推認することも困難である。

したがって、イ号物件における前記構成を単なる迂回の方法(迂回技術)であるとして権利侵害を肯定することはできず、控訴人の右主張は採用することができない。

(3) なお、仮に、イ号物件の押釦Pが控訴人の主張するとおり本件考案にいう操作函の押釦に該当すると解してみても、前記(一)に説示したところによれば、本件考案の構成要件(三)にいう「この窪面の一側孔」は把柄収納用の窪面と同一窪面に開口するものであることが明らかであり、押釦出は右窪面内に突出することが予定されているものと解される。これに対し、イ号物件における押釦Pは、把柄の収納される窪面である大窪面部3aとは別の孔3cに存在し、右押釦Pが把柄収納用の窪面に突出するものではない構造となっており、右構造は明らかに本件考案の構成要件(三)と構成を異にし、この点においても本件考案の構成要件(三)を充足するものとはいえない。

(三) 以上によれば、イ号物件の構成区分(3)は、本件考案の構成要件(三)を充足しないというべきである。

2  争点3について

(一) イ号物件の構成区分(5)の<1>と本件考案の構成要件(五)の(1)についてみるに、イ号物件のグリップは、内方折曲しないものであるのに対し、本件考案の構成要件(五)の(1)のグリップは、内方に自在折曲するものであり、その構成を異にするものである(当事者間に争いがない。)。

(二) 控訴人は、内方に自在折曲するグリップの代わりに折曲しないグリップを置換することは、当業者にとって極めて容易に想到できるところであり、右は均等物であると主張する。

しかし、本件考案は、ハンドルないし把柄の突出が美感を損なうことを解消してインテリア効果を向上させることを考案の目的の一つとしており、右の点に限らず、考案に当たってインテリア効果に着目していることは明らかと認められるところ、本件考案のグリップが内方に自在折曲し、把柄の裏側にコンパクトに収められることは、グリップが内方に折曲しないイ号物件に対比し、当然に、外装カバーを小型化し、インテリア効果をより高めるものであることが容易に推認される。

また、本件考案の実用新案公報(甲二)を見ても、その出願時に、一般的であり、置換容易と考えられる内方に折曲しないグリップを除外するものでないことにつき一言も触れられていないこと(これをも権利の範囲に入れる場合には、当然その旨容易に記載することができる。)と右考案の目的等に徴すると、本件考案の構成要件(五)の(1)は、内方に折曲しないグリップを除外し、内方に自在折曲するグリップのみを選択した趣旨のものと認めるのが相当である。

そして、本件考案の右目的等に徴すると、本件考案の要部は、単に蝶軸に把柄を組み合わせた部分(本件考案の構成要件(四))のみにあるのではなく、グリップをどのように構成するかも本件考案の重要な要素となってるものと解されるから、内方に折曲しないイ号物件のグリップをもって、内方に自在折曲する本件考案のグリップと均等として本件考案の技術的範囲に属するものということはできず、権利侵害を肯定することはできない。

なお、折曲しないグリップは、グリップを開放、倒回することなくロープの巻取りができる上、グリップの回動操作時にグリップの折曲が発生するというおそれがないため、グリップ部分の掴持を確実にしてハンドル操作の確実を期待するという本件考案とは別の作用効果もあることは、前記認定のとおりであり、イ号物件のグリップ構成をもって、本件考案の単なる迂回技術であるとか、改悪実施であるということもできない。

したがって、控訴人の主張する均等論は採用することができない。

四  以上によれば、イ号物件は、本件考案の構成要件(三)及び(五)の(1)を欠如しているから、本件考案の技術的範囲に属するものではない。

なお、イ号物件が窓の下権付近に埋設される前後により、以上検討した本件考案の構成要件の充足の有無に違いが生ずるものではないから、埋設後のイ号物件についてみても、その結論に変わりはない。

したがって、被控訴人らの本件行為が本件実用新案を侵害するということはできない。

第五  結論

以上のとおり、控訴人の本件各請求は、理由がなく、棄却を免れないから、これと結論を同じくする原判決は相当である。よって、本件控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官 川神裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例